自閉症児の父親が、自分の夢に向かって一歩踏み出した話
夢はありますか?
まずは一歩、踏み出してみませんか?
こんにちは、まりたくです。
定型発達の娘と、自閉症+知的障害の息子の父親やってます。
「障害者家族が暮らしやすい世の中をつくる」
「障害者家族に生きる希望を与える」
これが私の夢である。
人見知りで口ベタで対人恐怖症の私が、この日ようやく、夢に向かって一歩踏み出した。
その戦いの一部始終を、以下に記載する。(長文注意)
市役所の障害福祉課へ行った
まずは地元の市役所へ行った。
オムツ代の申請を軽く済ませた後、私は、担当してくれた女性職員に対して本題を切り出した。
「発達障害児の親御さんたちが集まって話せるような場に、参加したいと思っています。
もし現時点で存在しないのであれば、自分でつくりたいと思っているのですが。」
「サークルのようなもの、ということですね?」
「はい、そうです」
「担当を呼びますので少々お待ちください」
言った。とりあえず言えた。これが私の第一歩か。
数分待った後、担当者である別の女性職員が現れた。
「現時点では、市内ではそういうサークルの情報はありませんでした。
とりあえず今確認できたのはこちらです」
そう言って、1枚の紙を見せられた。
”発達障害総合支援センター”という施設を紹介した紙だった。
少し、望んでいた答えとは違っていたので、私はこう切り出した。
「例えば、自分で市内にサークルをつくるとしたら、どんな方法がありますか?
何か掲示板のようなものに募集のビラを載せていただくとか、そういうことは可能なんでしょうか?」
「は、はあ。まあ、可能だとは思いますけど。。」
なんとも歯切れの悪い回答だった。
「と、とりあえず今あるのは、この資料だけってことですよね?」
「はい・・・」
沈黙が流れた。
担当してくれた女性職員は、感じのいい人ではあった。
しかし、”発達障害総合支援センター”の紹介資料を持ってきてくれただけで、それ以上の成果は期待できそうもなかった。
「一旦、この施設に問い合わせを入れてみます。ありがとうございました」
そう告げて、私は市役所を離れた。
一旦帰宅した。
発達障害総合支援センターへ問い合わせた
発達障害総合支援センターは、自宅からそれほど離れていない場所にあったので、出向いて問い合わせようかとも思った。
しかし、ホームページを見た限りでは、各種イベントをやるための会議室スペースがあるだけの施設であり、出向く意味はないようにも感じた。
メールでの問い合わせも考えたが、話を早く進めたかったので、電話しようと思った。
コミュ障である私にとって、電話をかけることは相当な苦痛である。
しかしもうやるっきゃないと思い、電話した。
電話に出てくれたのは女性の担当者だった。
「私、○○市内に在住している、まりたくと申します。」
サークルの話を切り出したうえで、
「そういったサークルをつくるにあたって、何かそちらで支援していただくといったことは可能なのでしょうか?」
と、聞いてみた。
「インターネットは閲覧できる環境でしょうか?」
「はい、可能です」
「では、”JDDネット”というサイトがありますので、そちらのサイトで何か情報がないかお探しになってみてはいかがでしょうか?
”JDDネット 埼玉”といったワードで検索すれば、地元寄りのサイトも出てくるかと思います」
「は、はあ。」
「あるいは、地元の保健センターであれば各種サロン等が開かれていると思うので、地元の保健センターに問い合わせてみるのも良いかと思います」
「かしこまりました。ありがとうございます。
ところで、そちらのホームページで、『発達障害の子どもを育てた経験のある親による交流・相談会などを実施します。』という記載があったのですが、交流会の予定は何かあるのでしょうか?」
「現時点ではございません」
「わかりました。ありがとうございます」
これまた感じのいい女性職員ではあった。
いざ”JDDネット”を検索してみたところ、何やら大規模なセミナー的なイベントの告知が出てきて、今の私が望んでいるレベルのコミュニティに関する情報は載っていなかった。
続けて、地元の保健センターについてネットで調べてみたが、興味をひかれるような情報は出てこなかった。
そして流れでいろいろ調べていると、市役所のホームページ上に、”子育てサークル”なる掲示板のようなものを見つけた。
子育てに関する様々な集まりの告知が載っていた。
こういうところに広告を掲載させてもらって、人を集めるってのはどうなんだろう? と思った。
市役所の”子育てサークル”担当課に問い合わせた
繰り返しになるが、私は極度のコミュ障であり、電話が大の苦手だ。
そんな私が、また見知らぬ人に電話をかける。なかなかの苦痛だったが、もうやるっきゃない。
電話した。
今度は、男性の職員が出た。声からして、おそらく若い。
「私、○○市内に在住している、まりたくと申します。」
また、サークルの話を切り出した。
「例えばそういったサークルの広告を、この”子育てサークル”に載せてもらうことは可能なんでしょうか?」
「こちらは、子育てネットワークに加盟していただいている団体からのお知らせを載せている場所です」
「ということは、既にサークルができあがっていることが前提というわけですか?
新たにサークルをつくるための募集の場ではない?」
「そうですね。今回のお問い合わせは、そういったサークルを新たにつくりたい、というお話ですよね?」
「はい、そうです」
「確認とってみますので、一旦折り返しにさせてください」
約1時間ほど経って、再び同じ男性職員から折り返しの電話がかかってきた。
「サークルの作成等に協力していただけるような保育園と連絡をとりましたので、
一度そちらに相談を入れてみていただけますか?」
「わかりました。ありがとうございます」
とある保育園の連絡先と、担当の先生の名前を教えていただいた。
授業があるので、16~17時の間に連絡してほしいとのことだった。
このとき、時刻は13時を過ぎたあたりだった。
数時間後に、また見知らぬ人に対して電話をかけることになる。
私は、いよいよ頭が痛くなってきた。
(強いストレスを感じると、頭が痛くなるタイプなんです)
とある保育園に問い合わせた
16時を過ぎた。
もはや頭がガンガンに痛む状況であったが、ここまで来たらもうやるっきゃない。
私は、とある保育園に電話をかけた。
「私、○○市内に在住している、まりたくと申します。」
「あー、うかがってますよー!!」
「あ、××先生でいらっしゃいますか?」
「そうですそうですぅ!どうーも!」
とても元気な女性の先生だった。声からして、結構お年は召している印象を受けた。
私は、サークルをつくりたい旨の話を伝えてみた。
「うん、それちょっとお聞きしたいんですけどねぇ、それは、お子さんも一緒の集まりなのかしら!? それとも親だけの集まり!?」
「親だけの集まりを想定しています。実際、もしウチの息子を連れていったら、暴れちゃってまともに話ができなくなると思うのでw 親だけを想定しています」
ずいぶんと明るい方が相手だったので、私のほうまで少し明るい口調になってくる。
「そういうことですねぇ!であれば、ウチの保育園の2階にある相談室っていうお部屋を無料で貸し出す事が可能ですよー!
どこかお店とろうとすると、お金かかっちゃうし大変じゃなーい!?
ちなみに何曜日にやる予定なのかしら!? 頻度はどのくらい!?」
「あ、ごめんなさい。まだそういう詳しいところまでは何も決まっていなくて…」
「あらそうなのねぇ!ウチは、土曜日だったら○時から×時までは空いていてぇ、普通の日(平日)だったら大体△時から□時までは空いてますからぁ!
今現在、いくつかサークルはあってねぇ、よくそういう集まりやってますよぉ!」
「わかりました。では、詳しいことが決まってきたらまた相談させていただきますね。
ただ、本当にまだ何も決まっていないので時間がかかると思います。準備不足のまま問い合わせてしまい申し訳ないです」
「いえいえとんでもなーい!
これからサークルを作るって話であればぁ、どんなことをやりたいのか書いたビラとかを作ってもらえればぁ、それをウチの掲示板に貼ることは可能ですよぉ!
あと、他の幼稚園とか市の掲示板にも、お願いすれば載せてもらえると思いますよぉ!」
「そうなんですね!まずは具体的に何がしたいのかをまとめて、そういったやり方も検討してみます。
ちなみに、既にサークルがいくつかあると先ほどおっしゃっていましたが、発達障害児の親御さんが集まるようなサークルはあるんですか?」
「うーん、そういうのは今のところないわねぇ!」
「わかりました。いろいろとありがとうございます」
そんな感じで、通話は終わった。
長かった1日が、終わった。
戦いを終えて…
ビラづくりか。。。思っていたより大変そうだな。
今のご時世で、紙のビラをつくって配るってのもどうなのかな。
タクが通っている支援センターの参観日に出て、そこに来ている親御さんとLINEとか交換して連絡取り合うほうが簡単だよな。
私はそう思った。
この日1日の私の動きが、効率的だったか非効率的だったかで言えば、非効率的であったと思う。
しかし、無料で場所を貸していただける方がいることは確認できた。
その点は良かった。
そして何より、私は、自分の夢に向かって一歩踏み出すことができた。
「障害者家族が暮らしやすい世の中をつくる」
「障害者家族に生きる希望を与える」
これが私の夢である。
その夢に向かって、小さな一歩ではあったかもしれないが、確実に少しだけ進むことができた。
遠回りしたって構わない。
とにかく、一歩踏み出すこと。
その場で立ち止まっていては何も変わらない。何も変えられない。
勇気をだして、まずは一歩、踏み出してみよう。
この日、はじめの一歩を踏み出せたことに、私は大いに満足した。
頭は痛くなったけどもw